Background |
| 本名:小野 進、昭和23年(1945)4月21日静岡県小笠郡堀の内町新通りで出生。現在の菊川町である。と言っても本籍は東京都台東区根岸、両親とも江戸っ子である。しかし先祖は正宗公以来の伊達藩士、つまり仙台に300年暮らした。仙台市長を20年ほど勤めた島野武は祖父の弟に当たる。曽祖父は最後の伊達藩士、後に「徳川制度資料」、「日本城郭氏」、「天文要覧」、「大阪城史」などを現した清である。曾祖母は越前松平家の家来だった、岡倉家の娘富貴、岡倉天心の伯母にあたる。つまり、物書き、芸術家の血を色濃く継いだもののようだ。 さて、その後静岡県下の遠州灘に面した福田町(ふくでちょう)、富士の裾野の愛鷹山(あしたかやま)のふもとの須津村での生活を経て大阪に移動し、小学校から高校卒業までを過ごした。高校は三国ヶ丘、旧堺中学である。柔道部に入り稽古の傍ら正門近くの曹洞宗紅谷庵で座禅をした。このときの座禅がその精神世界に大きな影響を与えている。 |
| そして、静岡大学、東京大学大学院を経て昭和48年に石油資源開発株式会社に入社、1980年代にサハリンの石油探鉱に6年間従事しチャイヴォ、オドプトという油ガス田の発見をした。また中東オマーンではダリール油田の発見と開発をした。その他いつくかの海外プロジェクトを経て本社の資材部長という専門外のポストに就き、その三年後早期退職をして現在に到っている。 なお、1994年から1996年の三年間、東京大学工学部の講師として母校の教壇に立った。 オーストラリアのパースには1998年から2000年の間石油会社の現地代表として駐在した。このときの経験が「グッダイパース」のベースとなっている。 |
| 平成15年の暮れからイギリス系のスポーツである「ローンボウリング(Lawn Bowling)」を始めた。パースの「ダブルビューボウリングクラブ」のメンバーとなり、コーチについて練習に励んだ。その甲斐あって平成17年春、「Mixed
Pairs」に白人女性と組んで参加し、見事トロフィーをゲットした。ボウリング歴20年のベテランでも2−3個しかもっていないトロフィーを得て調子に乗り、9月には日本選手権の男子ペアに出場、5位になった。また10月にはCity
of Stirlingの試合で優勝も飾った。パースに行くたびに練習に汗を流している。 |